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この記事は、売主株主、買主、M&Aアドバイザーを主な読者として、株主個人とNDAを締結した場面で、対象会社の情報をどこまで開示してよいかを整理するものです。
M&A実務では、売主が会社そのものではなく、株主個人であることがあります。
特に株式譲渡では、契約当事者が譲り渡し側株主と譲り受け側になる構造は一般的であり、中小M&Aガイドラインの参考資料でも、基本合意書や株式譲渡契約書はその前提で整理されています。
このとき実務で起こりやすいのが、
株主個人とNDAを締結したのだから、対象会社の情報もかなり広く開示してよいのではないか
という発想です。
ただ、ここには大きな落とし穴があります。
NDAは「開示後の管理」の契約であって、開示前の権限そのものを与える契約ではないからです。
そのため、この論点では、秘密保持の問題と開示権限の問題を分けて考える必要があります。
株主個人とNDAを締結したからといって、対象会社の情報を広く開示してよいことにはなりません。
NDAは、開示した情報の漏洩防止や目的外利用の制御を定める契約であって、その株主個人に、そもそも当該情報を開示する権限があるかまでは補ってくれません。中小M&Aガイドラインでも、秘密保持は重要であり、情報漏えいがM&Aの頓挫につながり得るとされています。
このテーマの前提として重要なのは、株主=対象会社ではないということです。
株主は会社の持分を持つ立場ですが、会社法上、当然に会社内部のすべての情報を知り、自由に外部へ開示できるわけではありません。株主が知り得るのは、株主として認められた情報権限の範囲が原則です。たとえば、株主総会議事録、計算書類等、定款、株主名簿などについては閲覧等の権利がありますが、会計帳簿のような詳細資料は、一定の要件を満たす株主に限られます。
したがって、実務では、株主個人から受ける情報提供を、
1. 株主個人の立場として出しやすい情報
2. 対象会社の関与なしには出しにくい情報
に分けて考えるべきです。
要するに、この記事の答えは、NDAがあるから出せるのではなく、株主個人として出してよい情報に限って出すべき、ということです。
まず前提として、株主は対象会社そのものではありません。
株主は会社の持分を持つ立場ですが、会社法上、当然に会社内部のすべての情報にアクセスできるわけではありません。
株主が知り得るのは、会社法上の株主として認められた情報権限の範囲が原則です。
たとえば、株主には、株主総会議事録、計算書類等、定款、株主名簿などについて、一定の閲覧・謄写請求権があります。会社法318条は株主総会議事録、442条は計算書類等、125条は株主名簿の閲覧等について定めています。Business Lawyersの整理でも、株主が閲覧等できる典型資料として、株主名簿、株主総会議事録、定款、計算書類等が挙げられています。
一方で、会計帳簿のようなより詳細な内部資料は、一般株主に無条件で開かれているわけではありません。
会社法433条では、一定の株主に会計帳簿閲覧請求権が認められていますが、公開会社では、総株主の議決権の3%以上などの要件に加え、原則6か月継続保有も問題になります。
また、株主総会での説明請求も、会社法314条に基づき、総会の目的事項に関する範囲に制限されます。
つまり、会社法は、株主を「会社のすべてを当然に知る者」として扱っていません。
この前提からすると、株主個人がNDAを締結したからといって、対象会社の内部情報を当然に広く外部開示できるわけでもありません。
NDAの話に入る前に、まずこの情報権限の限界を押さえる必要があります。

NDAは、秘密情報の漏洩防止、目的外利用の禁止、第三者開示制限、返還・廃棄などを定める契約です。
M&A実務でも、秘密保持契約は典型的な契約書の一つであり、譲り渡し側と譲り受け側が直接締結するサンプルも示されています。
ただし、NDAは、その情報を開示する権限まで作る契約ではありません。
株主個人とNDAを締結したとしても、その株主個人に本来開示権限がない情報まで当然に開示できるわけではありません。
この論点で重要なのは、NDAがあるかではなく、その株主個人がその情報を出してよい立場かです。
会社法上の情報権限が限定されていることを前提にすると、実務で株主個人が開示しやすい情報も自ずと限られます。
ここでいう「開示しやすい」とは、少なくとも株主個人の立場や判断に属する情報であり、対象会社の深い内部資料そのものではないという意味です。
たとえば、
などは、比較的開示しやすい情報です。
これらは、対象会社の営業秘密そのものというより、株主個人の意思や立場に属する情報だからです。
また、株主が経営者を兼ねている場合などには、会社概要や事業の概況について説明できることもあります。
ただし、この場合でも、深い内部資料まで当然に出してよいわけではありません。
そのため、実務では、初期段階では株主情報と会社概要レベルにとどめる方が安全です。中小M&Aハンドブックでも、秘密保持を徹底すべきであり、外部だけでなく親戚や友人、社内の役員・従業員にも注意が必要とされています。

一方で、NDAがあっても、株主個人だけでは開示しにくい情報があります。
典型的には、対象会社の詳細な内部資料です。
たとえば、
などです。
これらは、典型的に対象会社の内部資料です。
株主個人が手元に持っていることはあっても、株主個人だから当然に自由開示してよいとは言いにくいです。
特に、対象会社の役職員や他の株主との関係、会社内部の管理ルールとの関係では慎重であるべきです。
中小M&Aガイドラインでも、情報漏えいがM&Aの頓挫につながり得ること、秘密保持が極めて重要であることが示されています。

実務では、最初から深い情報を出さない方が安全です。
初期段階では、
くらいにとどめ、深い資料は後段に回す方がよいです。
中小M&Aガイドラインでも、秘密保持契約締結後に企業概要書等を提示する流れが想定されており、段階的な開示が前提になっています。
そして、株主が株主として知り得る範囲を超える情報が欲しいのであれば、本来は対象会社との間でNDAを締結したうえで、対象会社から開示を受ける必要があります。
たとえば、月次試算表、予実管理資料、主要取引先情報、詳細な事業計画などは、典型的には対象会社の内部資料であり、株主個人とのNDAだけで当然に取得できるものではありません。
その意味で、買主候補としてより深い情報開示を受けたいのであれば、対象会社から友好的な相手と認識されることが重要です。
逆に、敵対的買収の文脈では、対象会社が任意に詳細情報を開示してくれることは通常期待しにくいです。
したがって、株主個人とのNDAで取得できる情報には限界があり、それを超える情報取得は、対象会社の関与や協力を前提に考えるべきです。
もっとも、未上場の中小企業M&Aの実務では、筆頭株主と対象会社の代表取締役を兼ねていることが多いため、話はやや複雑になります。
本来であれば、株主個人とNDAを締結したとしても、その株主が株主として知り得る範囲の情報しか取得できないのが原則です。
しかし、実務では、その株主が代表取締役を兼ねていることで、月次試算表、予実管理資料、資金繰り資料、取引先情報など、本来は対象会社との間でNDAを締結し、対象会社から開示を受ける形で取得するのが素直な情報まで、事実上開示されることがあります。
ただし、この場合でも、法的な整理としては、
「株主だから出せる」のではなく、「代表取締役として会社側の立場でも情報を管理している者が出している」
という理解の方が正確です。
したがって、未上場中小企業の実務では、株主個人とのNDAだけで深い情報が出てくることがあるとしても、それを一般論として広く正当化してよいわけではありません。
この点は、原則論と実務運用を分けて理解した方が安全です。
売主株主としては、NDAがあるから何でも出せるわけではないと考えるべきです。
まず出してよいのは、自分自身の売却意向や保有株式に関する情報、そして株主個人として説明できる範囲の基本事情です。
一方、詳細な会社資料は、対象会社の立場や承認を意識して慎重に扱うべきです。
買主としては、NDAを締結したからといって、株主個人から受けた情報が当然に適法・適切に開示されたものだと決めつけない方がよいです。
むしろ、その株主個人は、その資料を出してよい立場なのかという視点を持った方が安全です。
特に詳細資料については、対象会社の関与があるかを見た方がよいです。
M&Aアドバイザーとしては、この論点で一番大事なのは、NDAの有無だけで安心しないことです。
実務では、
を分けて設計する必要があります。
要するに、アドバイザー実務では、開示権限の整理なしに深い情報を出させないことが重要です。
たとえば、売主株主が買主候補とNDAを締結したため、「これで詳細資料も出せる」と考え、月次試算表や主要取引先一覧、従業員情報まで提供してしまうケースがあります。
しかし、後から対象会社側で「その情報は株主個人の判断だけで外部に出してよいものではない」と問題になることがあります。
このように、実務で揉めるのは、NDA違反より前の、そもそもその情報を出してよかったのかという点です。
したがって、NDA締結は必要条件ではあっても、十分条件ではありません。
株主個人とNDAを締結したとしても、対象会社の情報を広く開示してよいことにはなりません。
NDAは、開示した情報の管理方法を定める契約であって、開示権限そのものを与える契約ではないからです。
そして、そもそも株主は対象会社そのものではありません。
株主が知り得る情報は、会社法上、株主として認められた権利の範囲が原則です。
したがって、実務では、
株主個人として当然に出しやすい情報
と
本来は対象会社の関与なしに出しにくい情報
を分けて考えるべきです。
要するに、このテーマで重要なのは、NDAがあるかどうかではなく、その株主個人が、その情報をどこまで開示してよい立場なのかです。
実務では、初期は狭く、後で深く、そして深い情報は対象会社の関与を前提に出す、という進め方が最も安全です。