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直接交渉禁止をNDAに入れる違和感をどう整理するか

M&AのNDAや関連契約を見ていると、秘密保持義務や目的外利用禁止に加えて、**「専門会社の承諾なく、紹介先と直接交渉してはならない」**という条項が入っていることがあります。これは、売手・買手の当事者間NDAではなく、M&A仲介会社、FA、FAS、証券会社などが間に入る場面で問題になる条項です。中小M&Aガイドラインでも、直接交渉の制限に関する条項は、仲介契約・FA契約で説明すべき重要事項として扱われています。 

実務上は、この条項を入れている会社もあれば、入れていない会社もあります。

つまり、これは法令上の必須条項ではなく、どのビジネスモデルで、何を守りたいのかによって差が出る条項です。 

目次

結論

この記事で扱うのは、売手または買手と、M&A仲介会社、FA、FAS、証券会社などの専門会社との間で締結するNDAや関連契約における直接交渉禁止条項です。売手と買手が直接締結するNDAは前提にしていません。中小M&Aガイドラインの参考条項でも、依頼者は「専門会社が関与・接触し、紹介した候補先」に、事前承諾なく接触しないという形で、専門会社が間に入る場面の条項例が示されています。 

この条項に違和感があるのは自然です。

理由は、秘密保持契約の中に、秘密保持そのものではなく、仲介・アドバイザリーの関与維持や成約管理の機能が入っているからです。もっとも、専門会社側から見れば、特に成功報酬型の料金体系では、成約して初めて売上が立つため、当事者同士に自由に進められると成約を管理できなくなるという合理性があります。中小M&Aガイドラインでも、仲介者・FAには成功報酬のみを請求する完全成功報酬型があると整理されています。 

一方で、クライアント側から見ると、候補先の範囲や「紹介」の定義が曖昧なまま広いリストを提示されると、事実上、広範な直接交渉が封じられる危険があります。中小M&AガイドラインQ&Aは、直接交渉制限の候補先は、当該M&A専門業者が関与・接触し、紹介した候補先のみに限定すべきであり、交渉目的もM&A目的に限定すべきと整理しています。 

まず確認したいのは、このテーマがどのNDAの話かということ

売手・買手の当事者間NDAの話ではない

今回のテーマで問題になるのは、売手と買手が直接締結するNDAではありません。売手と買手が直接締結するNDAに、通常、直接交渉禁止は入りません。当事者同士が話すこと自体がM&A交渉の本体だからです。参考資料でも、秘密保持契約書サンプルは「譲り渡し側と譲り受け側が直接締結する場合」を前提にし、仲介契約サンプルとは分けて整理されています。 

問題になるのは、仲介・FA・FAS・証券会社が入るNDA

直接交渉禁止が問題になるのは、売手または買手と、M&A仲介会社、FA、FAS、証券会社などの専門会社との間で締結するNDAや関連契約です。

この類型では、秘密保持だけでなく、

  • 専門会社を飛ばした案件化の防止
  • 従業員や取引先への無断接触の防止
  • 交渉経路の管理

といった目的が混ざります。中小企業庁の参考条項も、「関与・接触し、紹介した候補先」への接触制限という形で、この発想を前提にしています。 

なぜ実務では直接交渉禁止が入るのか

図1 なぜ実務では直接交渉禁止が入るのか

専門会社側は、成功報酬型だからこそ成約管理を手放したくない

ここが実務上いちばん大きい理由です。

最近の中小M&A実務では、成約時にのみ手数料が発生する成功報酬型、あるいは成功報酬比重の高い料金体系が多く見られます。中小M&Aガイドラインでも、仲介者・FAには着手金・月額報酬・中間金を請求せず、成功報酬のみを請求する完全成功報酬型があると整理されています。 

この前提に立つと、専門会社側が直接交渉禁止を入れたがる理由は、単なる「飛ばし防止」ではありません。成約して初めて売上が立つ以上、当事者同士に自由に進められると、専門会社は成約に導くことも、成約を管理することも難しくなるからです。実務感としては、直接交渉禁止条項は、仲介保護というより、成約管理を維持するための条項として理解した方が近いです。 

専門会社側は、案件の横取りを防ぎたい

仲介会社やFAが案件化し、候補先探索、初期打診、条件調整を進めたのに、クライアントが当事者同士で直接つながってそのまま進んでしまうと、専門会社は案件管理も報酬回収も難しくなります。参考条項でも、制限対象を「関与・接触し、紹介した候補先」に結びつけています。 

専門会社側は、無断接触による情報拡散も防ぎたい

買手候補が売手の従業員、取引先、金融機関などに無断で接触すると、M&A検討の事実が広がり、案件自体が壊れることがあります。Q&Aでも、交渉目的を限定しない一律禁止は問題になり得る一方、M&A目的での接触制限自体は整理対象とされています。

クライアント側は、なぜこの条項に気をつけるべきか

極端に広い候補先リストで事実上の市場封鎖が起こり得るから

理屈の上では、専門会社が非常に広い候補先リストを提示し、その全てについて直接交渉を禁じるような建て付けも作れてしまいます。もちろん極端な例ですが、狭い業界では、広い同業リストが示され、それだけで事実上ほとんどの同業との直接交渉が制限されるリスクがあります。

ガイドラインQ&Aが候補先の限定を求めているのは、まさにこうした行き過ぎを防ぐためです。 

通常の事業活動まで制限される可能性があるから

Q&Aでは、交渉目的を限定しないまま一律に直接交渉を禁じると、通常の事業に属する取引のための交渉すら禁じられ、依頼者の通常の事業を阻害するおそれがあるとされています。したがってクライアント側は、M&A目的に限るのか、通常取引まで巻き込まないかを必ず確認した方がよいです。 

クライアント側は、条項の3つの定義を確認した方がよい

直接交渉禁止条項は、要約すると多くの場合、

「専門会社から紹介された候補先との直接的な交渉を禁止する」

という内容です。

そのため、クライアント側は少なくとも次の3点を確認した方がよいです。

図2 クライアント側は、条項の3つの定義を確認した方がよい

候補先とは誰か

取引相手候補だけなのか、金融機関、士業、関連会社まで含むのか。

ここが曖昧だと、予想以上に広い相手との接触が制限されます。Q&Aでも、候補先は「専門業者が関与・接触し、紹介した候補先」に限定すべきとされています。 

紹介とは何か

単なるリスト提示だけで足りるのか、IMなどの詳細情報提示が必要なのか、面談設定まで必要なのか。

ここが曖昧だと、専門会社側は「名前を出しただけで紹介済み」と言いやすくなります。参考条項は「関与又は接触し、紹介した者」という表現で、単なる抽象的列挙よりは一段限定的です。 

直接的な交渉とは何か

メール送信、電話、面談、条件交渉、軽い情報交換のどこまでを含むのか。

ここが曖昧だと、通常のコミュニケーションまで違反扱いされかねません。

実務で揉めやすい典型例

実務では、直接交渉禁止条項が問題になるのは、条項の文言そのものより、候補先の認識がずれるときです。

たとえば、売手が専門会社との間で、直接交渉禁止条項入りのNDAを締結したとします。

その売手は、もともと独自に業界大手の取引先とM&A交渉を進めており、交渉決裂の可能性に備えて、保険として仲介会社にも依頼していました。

その後、専門会社から約200社規模の買い手候補リストが提示され、その中には、売手がすでに独自に交渉していた会社も含まれていました。

このとき、専門会社側としては、直接交渉禁止条項がある以上、リストに載せた先は自社が関与する候補先であり、今後の交渉は仲介の管理下に入ると考えます。

一方、売手側としては、もともと独自に進めていた交渉先であり、仲介会社とは無関係に進めてよいと考えがちです。

このように、

  • 候補先とは誰か
  • 紹介とは何か
  • いつから直接交渉禁止が及ぶのか
    が曖昧なままだと、実務ではかなり揉めやすいです。

こうした問題は、リスト提示後に承認制を入れることでかなり防ぎやすくなります。

つまり、単に専門会社が候補先リストを提示しただけでは足りず、その中でどの候補先を直接交渉禁止の対象にするかを、売手側が個別に承認する形にしておくわけです。

この形にすれば、

「リストに載せただけで全件が拘束対象になる」ことを防げる

というメリットがあります。

もともと独自に進めていた先を除外しやすい

専門会社が本当に関与する候補先を明確にできる

売手側・買手側の実務的な落としどころ

抽象的に「定義を確認しましょう」と言うだけでは足りません。

実務では、次のように切るとかなり分かりやすくなります。

売手側は「提示+承認」、買手側は「社名入り詳細資料提示」を基準に整理する図。

売手側の落としどころ

「専門会社から提示された候補先のうち、売手が承認した先について、専門会社を介さない直接交渉を禁止する」

この形なら、

  • 候補先=専門会社が提示し、かつ売手が承認した先
  • 紹介=売手が確認できる形で提示された先
  • 直接交渉=専門会社を介さない接触・交渉

と整理できます。

候補先の範囲が広がりすぎるリスクを抑えやすいです。

買手側の落としどころ

「社名入りの詳細資料、たとえば財務状況等が記載された資料が提示された相手方について、専門会社を介さない直接交渉を禁止する」

この形なら、

  • 候補先=社名入りの詳細資料が提示された先
  • 紹介=詳細資料の提示
  • 直接交渉=その後の直接接触・条件交渉

と整理できます。

単なるロングリストの提示だけで広く縛られるリスクを下げられます。

なぜ違和感が消えないのか

NDAの本来機能と少しズレて見えるから

NDAの本来の中心は、秘密情報の開示範囲、目的外利用の禁止、漏洩時の責任などです。そこに直接交渉禁止が入ると、秘密保持ではなく、交渉経路の支配のように見えるため、違和感が出ます。 

仲介者・FAの利益保護条項に見えるから

直接交渉禁止は、秘密保持というより、仲介者やFAを飛ばして当事者同士が話を進めることを防ぐ条項に見えやすいです。そのため、クライアント側からは、秘密保持契約にそこまで入れるのかという違和感が出やすいです。 

何を守る条項なのかが曖昧だから

秘密保持のための条項なのか、仲介保護のための条項なのか、案件管理のための条項なのかが曖昧なまま入っていると、受け手は違和感を持ちやすいです。

要するに、目的の説明不足が違和感の一因です。

独占交渉権・ノーショップとの違いをどう考えるか

独占交渉権・ノーショップは「他候補との交渉禁止」

LOIや基本合意書で置かれる独占交渉権やノーショップは、通常、一定期間、他の候補者と交渉しないという意味です。中小M&AガイドラインQ&Aでも、候補先制限の議論は、目的・期間・相手の限定とセットで整理されています。 

直接交渉禁止は「交渉経路の固定」

一方、今回の直接交渉禁止は、専門会社を介さずに相手方やその関係者に無断接触しないという意味合いが強いです。

つまり、独占交渉権が「誰と交渉してよいか」を縛る条項なら、直接交渉禁止は「どういう経路で交渉するか」を縛る条項です。

ここを分けると、違和感の整理がしやすくなります。

実務での落としどころはどこか

結局、直接交渉禁止を一律に「入れるべき」「入れるべきでない」とは言いにくいです。

実務で自然なのは、次のような整理です。

  • 独占交渉権が欲しい場面 
    NDAではなく、LOIや基本合意書で独立して設計する方が筋がよいです。 
  • M&A仲介会社とのNDA 
    直接交渉禁止には一定の合理性があります。 
    ただし、候補先、目的、紹介の定義を絞るべきです。
  • FA・FAS・証券会社が入るNDA 
    条項を入れるかどうかは案件や立場でばらつきがあります。 
    必須条項というより、どこまで経路管理を求めるかの設計問題です。
  • 売手と買手が直接締結するNDA 
    通常、直接交渉禁止は入りません。 
    当事者同士が話すこと自体が取引の本体だからです。

まとめ

M&AのNDAに直接交渉禁止を入れることに違和感があるのは自然です。

ただし、その違和感を整理するには、まずどのNDAの話かを切り分ける必要があります。今回問題になるのは、売手・買手の当事者間NDAではなく、売手または買手と、M&A仲介会社、FA、FAS、証券会社などの専門会社との間で締結するNDAです。 

そのうえで、クライアント側は、候補先の範囲、紹介の定義、直接交渉の意味、目的が広すぎないかに気をつけるべきです。専門会社側は、成功報酬型ゆえの成約管理や案件管理の必要性がある一方で、条項を広げすぎると強い違和感を招くことに気をつけるべきです。

要するに、誰の利益を守る条項なのか、何を禁止したいのか、どこまでを候補先・紹介・直接交渉と定義するのかを分けて考えることが、この違和感を整理する一番実務的な方法です。リスト提示だけで広く拘束するのではなく、承認制や詳細資料提示を基準に対象を明確にすることが、実務上のよい落としどころになります。 

参考情報

執筆者

杉谷 健悟

政府系金融機関を退職後、日系コンサルティングファームにて、財務DD、中期経営計画策定、資金繰り精査、金融機関との調整、M&A支援など、多数の事業再生プロジェクトを担当。事業会社では経営企画部に所属し、不動産、M&A、コンサルティング事業の立ち上げを推進した後、M&Aギルド株式会社を創業。
主な実績として、ガソリンスタンド破産案件におけるセルサイドFA、IPO準備企業における第三者割当増資案件(セルサイドFA)、美容医療クリニックの撤退(事業譲渡)案件におけるセルサイドFA等に従事。
現在はM&Aギルド株式会社代表取締役として、M&A仲介・アドバイザリー業務を行うほか、事業再生、資本政策、企業価値向上に関する支援を行っている。

監修者

藤本 光(公認会計士)

公認会計士。Big4監査法人、FAS、PEファンド、上場会社CFOを通じて、会計監査、M&Aアドバイザリー、投資実行、資本政策・IR/開示まで幅広い業務に従事。
主な実績として、監査、財務DD、財務モデリング、投資ストラクチャーの検討、エクイティファイナンス、IFRS導入等に従事し、M&A・資本政策・投資判断に関する実務経験を有する。
現在はM&Aギルド株式会社CFOとして経営管理を統括するほか、公認会計士の立場から、企業価値および株主価値に関わる重要テーマについて実務の観点から監修を行っている。

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