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M&Aでは、最終契約書を締結したからといって、必ずそのまま株式や事業の譲渡が実行されるとは限りません。
最終契約締結からクロージングまでの間に、売主と買主が満たすべき条件が定められていることがあります。
これが、**クロージングの前提条件(Conditions Precedent/CP)**です。
たとえば株式譲渡であれば、
などが前提条件として設定されることがあります。
事業譲渡であれば、さらに、
などが問題になることがあります。
重要なのは、前提条件は単なる「クロージングまでにやることリスト」ではないという点です。
ある事項をクロージングの前提条件とすると、その条件が満たされなかった場合に、契約上、相手方がクロージングを実行する義務を負わないという効果につながることがあります。
そのためM&Aでは、
「何を前提条件にするのか」
だけでなく、
まで考えて、最終契約書を設計することが重要です。
経済産業省の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、最終契約の主要な内容として「クロージングの前提条件(クロージングまでに何を行う必要があるか)」が挙げられています。また、譲渡対価は通常クロージングを迎えて初めて支払われ、最終契約締結後からクロージングまでの期間について前提条件が規定されることがあるとされています。
本記事では、M&Aのクロージング条件・前提条件とは何か、株式譲渡と事業譲渡では何が違うのか、前提条件を満たせなかった場合はどうなるのか、放棄やクロージング日の延期まで実務的に解説します。
M&Aのクロージング前提条件とは、最終契約締結後、売主または買主がクロージングを実行する義務を負うために、クロージングまでに充足されるべきものとして最終契約書で定める条件です。
英語では「Conditions Precedent」と呼ばれ、実務では「CP」と略されることがあります。
M&Aの基本的な流れは、
最終契約締結(Signing)
↓
前提条件への対応
↓
前提条件の充足確認
↓
クロージング(Closing)
となります。
たとえば、6月1日に株式譲渡契約書を締結し、6月30日をクロージング日としたとします。
その間に、
といった対応を行います。
これらのうち最終契約書で前提条件とされた事項について、クロージング時点で充足状況を確認し、契約に従ってクロージングを実行します。
したがって、前提条件は、
「クロージングまでに
何をしなければならないのか」
だけを見るのではなく、
「その条件が満たされなかったとき、
クロージング義務がどうなるのか」
まで含めて理解する必要があります。
M&Aでは、最終契約締結日とクロージング日が異なる場合があります。
最終契約締結日に売主と買主が最終的な取引条件を契約し、その後、前提条件への対応を行います。
そして前提条件が充足されたことなどを確認したうえで、クロージング日に株式や事業の譲渡と譲渡代金の支払い等を実行します。
経済産業省の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、最終契約で取り決める主要事項として、譲渡対象、譲渡時期、譲渡対価、支払時期・方法、表明保証、補償などと並んで「クロージングの前提条件」を挙げています。
なお、「クロージング条件」という言葉は実務上広く使われますが、本記事では特に、最終契約上の**「クロージングの前提条件」**を中心に解説します。
具体的な前提条件は、M&Aのスキーム、対象会社、業種、DDで発見された問題、売主・買主の交渉などによって異なります。
代表的には、
などが考えられます。
さらに案件によっては、
など、DDで発見された個別の問題への対応が前提条件になることもあります。
つまり、
クロージング前提条件はひな型をそのまま使うものではなく、
そのM&Aで「クロージング前に解決しておかなければならない問題は何か」から逆算して設計するものです。
クロージング前提条件を理解するうえで、混同しやすいのが「誓約事項(Covenants)」です。
両者は関連しますが、同じものではありません。
たとえば売主について、
「クロージングまで対象会社を通常の事業運営の範囲内で運営する」
という義務を定めたとします。
これは、売主のクロージング前の誓約事項として定めることが考えられます。
一方、
「売主がクロージングまでの誓約事項を重要な点において履行していること」
を買主のクロージング義務の前提条件として定めることも考えられます。
つまり、
誓約事項=
当事者が何をする・しないという契約上の義務
前提条件=
クロージング義務が発生するための条件
という違いがあります。
同じ事実が両方に関係することもありますが、法的な役割は異なります。

もう一つ区別したいのが、前提条件とクロージング時の実行事項です。
たとえば、
「株式譲渡について必要な承認がクロージングまでに得られていること」
は前提条件として設定することが考えられます。
一方、
「クロージング日に売主が所定の書類を買主へ交付する」
という事項は、クロージング時の実行事項として定めることがあります。
実務では両者が近接しているため混同しやすいですが、
前提条件
→ クロージングを行うために充足されているべき条件
クロージング時の実行事項
→ クロージングそのものとして当日に行う行為
と整理すると分かりやすくなります。
前提条件を設定する大きな理由は、最終契約締結時点では解消できていないリスクを、クロージングまでに処理するためです。
たとえば買主が対象会社を調査した結果、主要取引先との契約にチェンジ・オブ・コントロール条項があり、株主変更について相手方の承諾が必要だったとします。
買主からすれば、その主要取引先との取引が終了してしまえば、対象会社の事業価値が大きく変わる可能性があります。
そこで、
「当該取引先から必要な承諾を取得していること」
をクロージング前提条件にすることが考えられます。
そうすれば、必要な承諾を取得できない状態で、買主が予定どおりクロージングしなければならないリスクを契約上調整できます。
つまり
前提条件は、最終契約締結時点で残っている不確実性を、誰がどこまで負担するのかを決めるリスク配分の仕組みでもあります。

前提条件は、多ければ多いほどよいわけではありません。
買主からすれば、できるだけ多くの問題をクロージング前に解決し、そのうえで対象会社や事業を取得したいと考えることがあります。
一方、売主からすれば、前提条件が多すぎると、
「最終契約書を締結したのに、いつまで経ってもクロージングできない」
という状態になる可能性があります。
また、第三者の承諾など、売主自身では結果を完全にコントロールできない事項もあります。
そのため、
買主:
クロージング前に不確実性をできるだけ取り除きたい
売主:
クロージングの確実性を高めたい
という利害の違いが生じることがあります。
前提条件の交渉は、単なる条文交渉ではなく、取引実行リスクを売主と買主のどちらが負担するのかという交渉でもあります。
株式譲渡では、対象会社そのものが存続し、その株式を売主から買主へ譲渡します。
そのため、一般的には事業譲渡と比べて資産・負債・契約を一つずつ移転する必要はありません。
ただし、株式譲渡でも前提条件が重要になるケースは多くあります。
たとえば、
などが問題になることがあります。
中小企業庁は、2024年の第3版改訂で、最終契約後の当事者間トラブル、特に経営者保証が想定どおり解除・移行されない問題への対応を拡充しています。
したがって、株式譲渡の前提条件を検討する際には、単に株式を譲渡できる状態かだけでなく、買収後に対象会社を予定どおり引き継げる状態になっているかを見ることが重要です。
事業譲渡では、会社そのものではなく、事業を構成する資産・負債・契約その他の権利義務等から譲渡対象を個別に特定します。
そのため、株式譲渡よりも前提条件が複雑になることがあります。
たとえば、
などが問題になります。
経済産業省のガイドラインも、事業譲渡では承継対象財産の特定、対抗要件の具備、許認可の取得等の作業が必要になると説明しています。
ここで重要なのが、
すべてを前提条件にする必要はないという点です。
たとえば事業譲渡で、100社の取引先との契約を買主へ承継するとします。
その際、
「100社すべてについて契約承継に必要な承諾を取得していること」
を前提条件にすると、1社から承諾を取得できないだけで前提条件が未充足になる可能性があります。
そこで、
という設計にすることがあります。
前の記事「事業譲渡契約書とは何か」で解説したとおり、
事業継続に不可欠なもの
→ クロージング前提条件
重要だがクロージング後でも対応可能なもの
→ クロージング後の協力義務
と分ける考え方です。
前提条件を増やすほど買主の保護が強くなる面がありますが、その分、クロージングの確実性が低下する可能性もあります。
事業譲渡では、従業員についても前提条件が重要になります。
たとえば美容室の事業譲渡で、
が承継対象になっているとします。
買主としては、事業を取得した後に主要スタイリストが承継に同意しないことが判明すると、想定していた売上を維持できない可能性があります。
そこで、
「店長および主要スタイリスト全員から承諾を取得していること」
さらに、
「その他の承継予定従業員の80%以上から承諾を取得していること」
などを前提条件とすることが考えられます。
一方、売主からすると、従業員へのM&Aの開示を早めるほど、クロージング前の退職や社内混乱のリスクが高まる可能性があります。
つまり、
買主はクロージング前に人員を確保したい
一方で、
売主はクロージングの確度が高まるまで従業員への開示を抑えたい
という利害の違いがあります。
このため、前提条件の交渉では「何人承継できればよいか」だけでなく、いつ従業員へ説明し、いつまでに承諾を取得するのかまで検討することが重要です。
前提条件の設計で特に注意したいのが、努力義務と結果条件の違いです。
たとえば、
「売主は、主要取引先から契約承継の承諾を取得するため合理的な努力を行う」
という条項と、
「主要取引先から契約承継の承諾が取得されていることをクロージングの前提条件とする」
という条項では意味が異なります。
前者では、売主が契約で定められた水準の努力を行ったかが問題になります。
後者では、原則として、実際に承諾が取得されたという結果が前提条件の充足に関係します。
第三者の承諾は、売主が努力しても得られないことがあります。
そのため、
「売主にどこまで努力義務を負わせるのか」
と、
「結果として承諾を取得できなかった場合でもクロージングするのか」
は別々に考える必要があります。
前提条件を検討するときは、その条件によって誰が保護されるのかを確認することも重要です。
たとえば、
「売主の表明保証がクロージング時点でも真実かつ正確であること」
という条件は、通常、買主側のクロージング義務との関係で問題になります。
反対に、
「買主が譲渡代金を支払うために必要な社内承認を取得していること」
など、売主側のクロージング義務との関係で設定される条件も考えられます。
また、双方のクロージング義務に関係する条件もあります。
この区別は、後述する**前提条件の放棄(Waiver)**を考えるうえでも重要です。

クロージング日までに前提条件が満たされなかった場合、直ちにM&Aが白紙になるとは限りません。
具体的な取扱いは最終契約書の内容によります。
代表的には、
といった対応が考えられます。
したがって、
「前提条件未充足=自動的に契約終了」
と考えるのは正確ではありません。
重要なのは、最終契約書で、
まで設計しておくことです。
前提条件が満たされていなくても、その条件によって保護される当事者が、契約上認められる範囲で前提条件の充足を放棄してクロージングすることがあります。
これを一般に**Waiver(ウェイバー/放棄)**と呼びます。
たとえば、買主のために、
「特定の取引先から契約継続について承諾を取得していること」
が前提条件として設定されていたとします。
クロージング日までに承諾を取得できなかったものの、
といった事情があれば、契約上可能な場合には、買主がその前提条件の未充足を受け入れてクロージングすることが考えられます。
ただし、すべての前提条件を自由に放棄できるわけではありません。
法令上必要な承認・手続など、当事者間の合意だけでは省略できないものがあります。
また、誰が放棄できるのか、どのような方法で放棄するのかは契約内容によります。
そのため前提条件を設定する際には、
まで整理しておくことが重要です。
前提条件があるからといって、当事者がその充足を意図的に妨げ、その後、
「前提条件が満たされなかったのでクロージングしない」
と主張できるとは限りません。
たとえば買主が取引をやめたくなったため、本来行うべき承認取得手続を意図的に進めず、その未充足を理由にクロージングを拒否するようなケースです。
この問題を避けるため、最終契約書では、
前提条件を充足するために必要な対応を行う義務
を別途定めることがあります。
つまり、
前提条件そのもの
と、
その前提条件を満たすために
当事者が何をするのか
はセットで考える必要があります。
中小企業庁も、第3版ガイドラインの改訂において、最終契約に定めた事項の不履行等によるトラブルや、最終契約の不履行を意図的に生じさせるような不適切な譲受側への対応を問題として取り上げています。
前提条件についてもう一つ重要なのが、期限です。
たとえば6月1日に最終契約を締結し、
「必要な第三者承諾が取得されたらクロージングする」
とだけ定めた場合、承諾が得られなければいつまで待つのかが問題になります。
そこで、
予定クロージング日
に加えて、
一定の日までにクロージングできなければ契約を解除できる期限
を設定することがあります。
M&A契約では、このような最終期限を「Long Stop Date」などと呼ぶことがあります。
たとえば、
6月1日:最終契約締結
↓
6月30日:予定クロージング日
↓
前提条件未充足のため延期
↓
7月31日:最終期限
という設計です。
ただし、期限が到来すれば必ず自動的に契約が終了するとは限りません。解除権の発生、延長協議、自動終了など、効果は契約条項によって異なります。
買主の立場からすると、多くの事項を前提条件にした方が安全に見えるかもしれません。
しかし、前提条件を増やしすぎると、
という問題が生じます。
売主にとっては、最終契約を締結した後も長期間クロージングできない状態が続けば、事業運営にも影響します。
したがって、前提条件は、
「あれば安心だから入れる」
のではなく、
「これが満たされていない状態では本当にクロージングできないのか」
という観点から絞り込むことが重要です。
DDで問題が見つかった場合、その対応方法は前提条件だけではありません。
たとえば、
など、さまざまな方法があります。
たとえば重要な許認可の問題で、その許認可がなければ事業を継続できないのであれば、クロージング前に解決する必要性が高いでしょう。
一方、金額が限定された過去の税務リスクであれば、必ずしもクロージング前に解消するのではなく、表明保証や特別補償などでリスク配分する方法も考えられます。
したがって、
「DDで問題発見 → 前提条件」
と機械的に考えるのではなく、
「そのリスクをクロージング前に消す必要があるのか、それとも契約上の別の手段で配分できるのか」
を考えることが重要です。
最終契約締結後は、前提条件を実際の作業へ落とし込む必要があります。
そのため実務では、クロージングチェックリストなどを作成して、
などを管理します。
たとえば、
「主要取引先A社の承諾取得」
という前提条件であれば、
といったところまで具体化します。
前提条件は契約書に書いて終わりではありません。
契約上の条件をクロージングまでの実際のタスクに変換することが重要です。
最終契約締結後、売主または買主がクロージングを実行する義務を負うために、クロージングまでに充足されるべきものとして最終契約書で定める条件です。
英語ではConditions Precedentと呼ばれ、「CP」と略されることがあります。
実務上、「クロージング条件」という言葉でクロージングの前提条件を指すことがあります。
ただし、「クロージング条件」がクロージングに関係する条件全般を広く指す場合もあるため、契約書では具体的な条項を確認する必要があります。
誓約事項は、当事者が一定の行為をする、またはしないという契約上の義務です。
前提条件は、クロージング義務が発生するための条件です。
誓約事項の履行自体が、クロージングの前提条件として設定されることもあります。
前提条件はクロージングを実行するために充足されているべき条件です。
クロージング時の実行事項は、代金支払い、必要書類の交付など、クロージング当日に行う行為です。
必ずしも中止になるわけではありません。
契約内容によって、クロージング日の延期、条件充足を一定期間待つ、放棄可能な条件を放棄する、解除権を行使するなどの対応が考えられます。
契約上放棄が認められ、その条件によって保護される当事者が放棄できる性質の条件であれば、未充足を受け入れてクロージングすることがあります。
ただし、法令上必要な手続など、当事者の合意だけでは省略できない事項もあります。
Conditions Precedentの略です。
M&A実務では、クロージングの前提条件を「CP」と呼ぶことがあります。
事業譲渡では、事業を構成する資産、契約、従業員等について個別の移転・承継手続が必要になるためです。
特に重要契約の承諾や従業員の承諾などが前提条件になることがあります
必ずしもそうではありません。
前提条件のほか、価格調整、表明保証、補償、クロージング前後の誓約事項などで対応する方法もあります。
リスクの内容や重要性に応じて適切な方法を選択します。
M&Aのクロージング前提条件とは、最終契約締結後、売主または買主がクロージングを実行する義務を負うために、クロージングまでに充足されるべきものとして最終契約書で定める条件です。
基本的な流れは、
最終契約締結
↓
前提条件への対応
↓
前提条件の充足確認
↓
クロージング
となります。
前提条件としては、社内承認、第三者承諾、許認可等への対応、担保等の解除、表明保証の正確性、クロージング前の誓約事項の履行などが設定されることがあります。
ただし、前提条件は多ければ多いほどよいわけではありません。
買主にとっては、前提条件を増やすことでクロージング後のリスクを減らせる可能性があります。
一方、売主にとっては、前提条件が増えるほどクロージングの確実性が低下する可能性があります。
そのため前提条件の交渉は、
「何をクロージング前に解決する
必要があるのか」
と同時に、
「取引実行リスクを売主と買主のどちらが
負担するのか」
を決める交渉でもあります。
また、
という違いを整理しておくことも重要です。
そして、前提条件が未充足だからといって、必ずM&Aが中止になるわけではありません。
クロージング日の延期、条件充足を待つ、放棄可能な前提条件をWaiverする、最終的に解除するといった対応があり、具体的な効果は最終契約書によって決まります。
M&Aの前提条件を設計するときは、
「何を前提条件にするのか」
だけでなく、
まで一体として設計することが重要です。